浄榮寺のご案内

浄榮寺縁起

浄榮寺の御堂収骨

当寺は鎌倉時代初頭、源範頼(源頼朝の弟で義経の兄=蒲三河守)の一族によって創建されました。
創建当時は真言宗でしたが、蓮如上人のご勧化を蒙り、浄土真宗に帰依しました。当時相模の国(神奈川県)では小田原北条氏が台頭し、一方鎌倉・三浦半島の真宗寺院の多くが、北条氏と対立する三浦一族と縁故がありました。北条氏により三浦氏は滅亡、相模一国の支配を確立した北条氏は、領内の真宗寺院に、浄土宗などへの改宗を強要しました。
多くの真宗寺院が改宗に屈した中で、当寺は最後まで抵抗し、三浦氏の遺臣や前の関東管領・上杉氏とともに北条氏と一戦を交え、敗北して越後から出羽の国(山形県)に逃げました。その後上杉氏は越後の国主・長尾景虎に上杉の姓と関東管領職を譲り、これによって上杉謙信が誕生します。
当寺の子孫は北条氏滅亡後に帰郷し、親族で徳川幕府の船奉行・向井将監の助力を得て、現在地に浄榮寺を再興しました。以来300年を数えますが、北条氏の弾圧に際して、命を賭して浄土真宗を守り通したことは当寺の誇りであり、今後も真宗の教えを守り伝えていきます。
また、かつて三浦半島の全寺社所蔵文書の半数以上を所蔵し、その中には黒船来航等や横須賀軍港創立など、開国期の極めて貴重な文献が含まれていました。

浄土真宗の教え

浄榮寺の御堂収骨

浄土真宗は、「阿弥陀如来の本願を信じ、南無阿弥陀仏を称(とな)えれば、浄土に生まれることができる」という教えです。
これは阿弥陀様が約束してくださったこと(本願)で、この阿弥陀様のお約束を、私の先輩は次のように訳しています。
「私の名前は阿弥陀と言います。差別と殺戮のない国を作ることにしました。その国への参加資格は、『それはすばらしい。私も阿弥陀様に賛成です。私もその国に参加したいです』と、声に出していうこと(称名念仏)だけです」「それが『南無阿弥陀仏』ですが、でもたったそれだけで浄土に生まれることができるなんて、なかなか信じられません。また今の時代なら、「別に、浄土なんかに生まれなくたっていいよ」と思う人も多いでしょう。
何事もなく暮らしていても、私たちには浄土を求める時が必ずあります。それは愛する人との別れ、憎しみ、自らの老病死への恐れなど虚しい時、苦しい時、悲しい時です。自分の存在が見えなくなり、自身の非力を思い知らされた時、私たちは本能的に浄土を求めるのです。人間とはそういう存在です。
浄土に生まれることを、「たすかる」と言います。「たすかる」というのは、すべての人間の心の一番奥にある「本願」が目を覚ますことです。 教えを聞いてきた人には、浄土を求める時如来様の声が静かに聞こえます。
「汝(なんじ)ら凡夫よ。志弱く、力乏しいものよ。我が名をとなえよ。必ず助ける!」
この内なる声に「まことにその通り、私はお粗末なものでした。かたじけない」とお念仏(南無阿弥陀仏)で応えた時、人はたすかるのです。
浄土真宗は「南無阿弥陀仏」をとなえた人を民族・言語・宗教を超えてたすけます。
浄土真宗は、教養でも習俗でもありません。本当の自己に目覚める最勝の仏道なのです。

寺院概要

寺院名 浄榮寺(じょうえいじ) 宗派 真宗大谷派
住所 〒238-0047 神奈川県横須賀市吉倉町1-30 アクセス 京急本線安針塚駅から徒歩8分